こちらでは2015年以降の公演の舞台写真を紹介しております。2014年以前の舞台写真はこちらのリンクからご覧ください。

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オペラ《リゴレット》より(オペラ演出試演会、2015)

G. Verdi "Rigoletto"

「ドゥーカの孤独」をテーマに、《リゴレット》の第1幕・第2幕を再構成。愛を知りたいと彷徨い、女性という存在に憧れを抱く公爵と、その希望を軽妙かつ残酷に打ち砕く廷臣達とを対比させた。(撮影: 高田慧)

スペインの時(2015)

Maurice Ravel "L'heure espagnole"

「時計」に代表されるような機械によって、人間は時に対する繊細な感覚を失いつつあるのではないか…そんな問題意識を、露骨に変わる空の色とそれを敏感に感じるヒロイン(逆に鈍感な男性達)の芝居で提示した。(撮影:高田慧)

ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》(2015)

Wagner"Tristan und Isolde"

死をもって蘇生する「夜」の世界を、1枚の大きな絵で表現。繋がりかけては壊されきた絵が、物語の結末に向かって完成してゆく。(撮影: 長澤直子)

プッチーニ《蝶々夫人》(2016)

G. Puccini "Madama Butterfly"(2016)

舞台全体に一貫して折り紙を使用。夫を待ち続ける蝶々夫人を、折り紙を折り続ける女性として表現し、折り紙の美しさと脆さを蝶々夫人の人物像に重ねた。折り紙に宿るメッセージ性や見立ての心、そして折る動作に表れる人物の心情を、ドラマ創りに活かしている。(舞台写真→演奏家写真.com、美術写真→歌劇団Kamiteスタッフ)

チマローザ《秘密の結婚》(2016)

D. Cimarosa "Il matrimonio segreto"

ステータスや名誉に振り回される人々の様相を、舞台上に頻繁に現れる文字や文字に関わる道具でコミカルに表現。劇が進むごとに表面が剥がれ、最後は結婚誓約書になる背後のパネルも、舞台を楽しむ大きなポイントとなっている。

三島由紀夫『近代能楽集』より「葵上」、長屋晃一『砧―能「砧」による』

2015年に福岡で発表した「葵上」の再演版。再演にあたって「葵上」の前に、やはり能をベースにした新作戯曲「砧」を加えた。両演目とも作品世界の核に、ヴェルディのオペラ《マクベス》よりマクベス夫人の夢遊病のアリアを置いている。撮影:平舘平

プッチーニ《蝶々夫人》(2017)

G. Puccini "Madama Butterfly"

衣桁を一貫して舞台装置として扱い、そこに何が掛けられるか、どのように掛けられるかによって、登場人物の心情や状況を表現した。第1幕終わりから出現する大量の布は、ピンカートンが渡る海の象徴であると同時に、蝶々夫人の想いの丈でもある。

F. レハール《メリー・ウィドウ(陽気な未亡人)》(2017)

Franz Lehár “Die Lustige Witwe”

崩壊しつつあるウィーンの因習を体現したポンテヴェドロ国の人々を青色で、自由や享楽の象徴と描かれているフランス(パリ)の人々を赤で体現。喜劇的な物語の中にも浮かび上がる陽と陰の対比を重視し、現実では叶わないものに憧れ諦め漂う各人物の生き様を描いた。

※写真は最後の1枚除いてリハーサルのものです。ご了承下さい。

モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたもの)》(2017)

W. A. Mozaart "Cosi Fan Tutte"

モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》を、本演出に合わせたナレーションと台詞を交え、約2時間の版にアレンジ。肖像画と生身の役者との対比や、仮面・花弁といった象徴的な小道具の使用によって、繊細な男女の心模様を表した。

プッチーニ《ジャンニ・スキッキ》(2018)

G. Puccini "Gianni Schicchi"

日本人のお客様に親しみの湧く話になるよう、ひと昔前の日本に舞台設定を移した。喪服で泣いていたはずなのに豹変する親戚一同、彼らを翻弄しつつも娘には弱いジャンニ、辺りをうろつく幽霊、次の世界に旅立つ若者達と、各キャラクターをコミカルに際立たせた。(撮影:長澤直子)

プッチーニ《ラ・ボエーム》(2018)

G. Puccini "La Bohème"

最も華やかなクリスマスの情景が描かれた第2幕と、恋人達が凍てつく寒さの中別れてゆく第3幕を、敢えて続けて上演。合唱にも細やかな芝居をつけ、喜劇と悲劇の対比を打ち出した。

最終場面では黒一色の群衆に主要キャスト達が混じってゆくことで、それまで社会からの逸脱を選んで生きてきたボヘミアン達が、ミミの死を通じて「大人」になってゆく様を描いた。(撮影:長澤直子)

音楽劇『星の王子さま』[サン=テグジュペリ原作](2018)

Le Petit Prince

「大切なものは目には見えない」の名言で知られる《星の王子さま》を、オリジナルの脚本と近代フランス音楽で表現。声、芝居、ダンスの総合芸術としての演目を目指した。
(写真1枚目~9枚目:小杉朋子、写真10枚目~19枚目:長澤直子、集合写真:会場スタッフ)

マスカーニ《イリス》(2018)

P. Mascagni "Iris"

第3幕前奏曲に「京都」と「大阪」と「チェーコ」の死を示唆する芝居をつけ、第3幕の主要登場人物を全て死者として演出。合唱にも細かな演技をつけ、現世の人間の儚さと来世への憧れを描いた。

音楽劇《ゴローと呼ばれた男》(2018)

Music Theatre[ A Man called "GORO" ]

《蝶々夫人》のゴローのその後を、オペラの前に登場するまでの彼とパラレルにしながら描いた。使用楽曲は《蝶々夫人》以外に他のオペラ/オペレッタ曲、フランス歌曲、リートなど、多岐にわたる。(撮影:長澤直子)

R.シュトラウス《ナクソス島のアリアドネ》序幕(2018)

R.Strauss "Ariadne auf Naxos (Vorspiel)"

会場のエプタザールを縦横無尽に使い、台本設定にある「楽屋内でのドタバタ喜劇」を再現。またその中での男女の出会いや芸術をめぐる議論を掘り下げた。

G.ヴェルディ《リゴレット》(2018)

G. Verdi "Rigoletto"

花弁を「好き…嫌い…」と散らしてゆく動作で、恋心を象徴的に表現。恋心を覚えたジルダとそれを受け入れられない父リゴレット、そしてジルダに頽廃した宮廷人達には無い希望を見出したマントヴァ公爵の、3人の関係を描いた。

G.プッチーニ《修道女アンジェリカ》

G.Puccini "Suor Angelica"

「愛している、と言いたかった人へ」をテーマに、アンジェリカと今は亡き人との、引き裂かれたがゆえに美しく在り続ける愛を描いた。また公爵夫人、修道院長、修道女長、修練長、そして若い修道女達にも、それぞれのキャラクターを与え、より「生きた」人物関係を築いた。(撮影:高田慧)

その他(2011年以前の演出、ピアノ出演、演出助手公演、登壇イベントなど)

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